ギークもどきの日記帳

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『2010年代SF傑作選』を買ったので私の2010年代を想う

-- はじめに。この小説はフィクションです。実在の人物、組織、時系列、概念その他諸々との整合性を取ることは不可能です。あと『2010年代SF傑作選』の話はしません。2010年代個人的にしんどかったって話を書きました。

去る2020年2月6日、2010年代に発表された国内SF短編から20編を纏めた『2010年代SF傑作選』が出版された。 編者は『三体』翻訳者の大森望と『なめらかな世界と、その敵』著者の伴名練である。 近年(というか去年)のSF小説界隈を知るものとしては買わざるおえない代物だ。 というわけで買ってきました。精神が時間的に屈折しているため編者あとがきを最初に読んだ。他はまだ読んでません。

『2010年代SF傑作選』を語る上で欠かせないのは、伴名練が『なめらかな世界と、その敵』のあとがき的文章として書いたこの記事だろう。

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まったくあとがきではない。あえて言うなら、1988年生まれの著者がいかにして「2010年代、世界で最もSFを愛した作家。」と呼ばれるに至ったかを語ったエッセイである。

この凄まじい「あとがき」を読んで私の心に想起されたのは、1998年生まれの自分が小学生だった頃の話だ。 といっても、あまりはっきりした記憶があるわけではない。確かなのは学年で一番の読書家だったことと、ファンタジー小説を好んで読んでいたことだけだ。 よく読んでいたのは『マジック・ツリーハウス』シリーズと『ハリーポッター』シリーズ。宇宙が好きな男の子だったので、Newtonを読んで科学に胸を躍らせたりもしていた。将来は科学者になるのは間違いないと思っていたが、「将来の夢」を聞かれたら「職業」を答えるものだと思っていたので、自分の本当の将来像を口に出すことはあまりなかった。科学者と職業が結びついていなかったのだ。

中学生になる頃には立派な本の虫になっていた。小学校では一度につき1冊のみだった図書室の貸し出しが、中学校では一度に2冊借りられるようになった。それで私は一日に2冊本を読むようになった。休み時間をうまく活用できた日は朝借りた本を放課後に返すことで一日4冊読むことができた。ネット小説の熱心な愛好家にもなり、にじファンの開設および閉鎖の騒動で著作権法についての理解を深めることになった。また、ネット小説から人工言語に興味を持つようにもなった。ロジバンを学ぶために英語を学ぶ必要を感じたり、祖父に借りた三上章の著作の影響で日本語を言語学的見地から見つめてみようとしたりして、言語学に関心を寄せるようになった。

SF小説と出会ったのはそんな折である。偶然H.G.ウェルズの『タイムマシン』を手にとった私は、空想と科学が織りなす不思議な世界の虜になった。レイ・ブラッドベリの『火星年代記』やアイザック・アシモフの『われはロボット』、ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』など、中学校の図書室にあったハヤカワ文庫や創元SF文庫の類を読み漁った。しかし、国内のSFについては記憶の限りでは触れることがなかった。もちろんこれは物理書籍に限った話で、小説家になろうなどで公開されていたSFジャンルのネット小説は相当読んでいた。SFとファンタジーがゆるやかに混じり合ったこれらのネット小説の数々は、数年後に「なろう系小説」として商業的に大成功を収め市民権を得ることになる。

中学2年生の後半から、私はコンピュータサイエンスに深い興味を抱くようになる。キッカケはMinecraftというゲームだった。このゲームではレッドストーン回路と呼ばれるギミックを用いて様々な装置を作ることができる。また、ギミック性を高めるMOD(工業化MODと呼ばれる)により工場建設や大規模土木事業のような遊び方もできた。MODを作るためにはプログラミングを学ぶ必要があるらしい。『われはロボット』に登場するエンジニアコンビ、パウエルとドノヴァンに憧れていた私はすぐさま書店に駆け込み、お年玉をはたいてプログラミングの入門書を数冊購入し読みふけった。そしてプログラミングはある種の人工言語を用いてプログラムを記述することだと知り、プログラミング言語の世界に魅了された。中学を卒業する頃にはすっかり小説を読むことがなくなり、代わりに技術書を読み漁りキーボードを叩いてプログラミングに勤しむ日々を送るようになっていた。

私の読書生活は高校に入り決定的な打撃を受けることになる。高校の図書室は受験生のための自習室を兼ねていた。最悪なことに、私は人が黙々と勉強している姿を見ることに強烈なストレスを感じるように出来ていた。このことに気づいたのは高校に入ってすぐのことだったが、それを言語化するには4年の月日を要した。 私は図書室に足を運ぶことすらなくなった。独学でコンピュータサイエンスを学ぶため、自由な時間のほとんどをコンピュータに捧げるようになった。

高校生活にも慣れてきた頃、読書家の友人にある小説を勧められた。SF的ギミックをとっかかりに現代を風刺するその本を読み始め、私は愕然とした。小説を読むことができなくなっていたのだ。正確には読めないわけではない。ただ時間がかかるだけだ。一冊読み終えるのに数週間はかかりそうなペースだった。長い間小説を読むことがなかったので当たり前のことだが、当時の私は経験に基づく感覚と実際の能力とのギャップに衝撃を受け、大きな挫折を味わった。ついにはその小説を読破することを諦め、あらすじを掴んだところで持ち主に返した。未だ味わったことのない苦しみだった。私は焦りを感じ、書店で好みに合いそうな文庫本を買って読もうとしたが、そんな精神状態で今まで通りのことができるはずもなかった。

あとになって考えてみると、これは単なる能力の衰弱ではなかったのだろう。しばらく後、私は受験期の学生と教師の醸し出す緊張感に耐えることができなくなり、食事すらままならず廃人のようにただ眠るだけの状態にまで追い込まれてしまった。小説が読めなくなっていたのは精神が発する危険信号だったのかもしれない。最も、私にはそんなことを考える余裕すらなく、ただ「あんなに好きだった読書すらできなくなってしまった」と気を病むばかりだった。 なんとか大学入試に合格し希望する学部に入ることができたが、大学生活は案の定うまくいかず1年ちょっとで行かなくなった。

私は小説をよく買うようになった。書店で棚にびっしり並んだ背表紙を見ている間は昔に戻ることができた。もともと技術書を買うために書店にはよく足を運んでいたので、本を選んで買うことは難なくできた。 買うだけ買って本棚に本を収める。そこまでが私と本の関係だった。しかし、頻繁に本を買っていると、時折難なく読める本があることに気づく。『横浜駅SF』『黄昏のブッシャリオン』『コルヌトピア』『再就職先は宇宙海賊』…今まで読んでこなかった2010年代の国内のSF小説だ。 そして私はゆっくり本を読むようになった。読むより買うペースの方が速いので未読の本は増える一方だが、「これが積ん読というものだ。覚えておきなさい。ゆんゆん念波が出て脳に良い」と笑えている。

私の2010年代はSF小説に始まってSF小説に終わる激動の時代だった。SFに魅入られ、SFに憧れ、SFに打ちのめされ、SFに救われようとしている。1998年に生まれた私にとって2010年代とはまさに青春そのものであり、私の青春は真鍮と象牙とスポンジ状プラチナイリジウムの合金で作られた機械の上で走る情報理論と生物工学と経典で書かれたプログラムによって計算された。これは青春と呼ぶには似つかわしくない代物だが、私の人生において青春はこの奇妙なコンピュータをおいて他になく、故にこれを私の人生における最高傑作と認めざるおえない。 『2020年代SF傑作選』が出版される頃にはこのコンピュータを再び起動し、私の2020年代を計算したいところだ。