星にゃーんのブログ

ほとんど無害。

シン・星にゃーん

昔のことを思い出した。忘れていた記憶だった。

彼はいつも泣いていた。悲しくて泣いていた。寂しくて泣いていた。友だちとうまく話せなくて、不甲斐なくて泣いていた。冥王星が惑星でなくなったと聞いて、悔しくて泣いていた。7×3が分からなくて、怖くて泣いていた。月があまりにも遠いから、虚しくて泣いていた。

エヴァンゲリオンを観たのは、まだ彼が泣いていた頃のことだ。エヴァ好きの友達に勧められて、友達の家のテレビで見た。プラグスーツ、エントリープラグ、汎用人型決戦兵器。どちらかと言えばアスカ派だった。あいつが熱く語るものだから。

それからしばらく経った、2015年6月22日。記憶の限り、彼はほとんどエヴァンゲリオンのことを忘れていた。もちろん、エヴァを語る機会はたくさんあった。しかし、本質的な部分で、彼はエヴァンゲリオンに興味をなくしていた。ある友達が、彼の家に遊びにきた。インターホンに出てみると、「使徒、襲来」。

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もうそんな時代なんだ。まだまだJAは作れそうにないし、ジオフロントなんてもってのほかだな。そう笑いあった。そして、エヴァンゲリオンは過去になった。

彼は自分の人生を見失った。運命に手を出そうとして、逆に運命に手を出された。音楽が苦痛になった。違和感を感じたときには、首までどっぷり嵌っていた。初めに、物語が読めなくなった。空想の世界から弾き出された。次に、身体が動かなくなった。ベッドから起き上がれなくなった。最後に、食べることを忘れた。食事を取らなくなった。

母は「見てる方もしんどい」と彼に言った。父は「今はそのままでいい」と彼に言った。妹は何も言わなかった。友達はいつも通りに接した。皆が彼に優しくした。彼は放っておいてくれと言った。何も食べずに死ぬつもりだった。

父は彼の口にむりやり茹で卵を押し込んだ。彼は食べ、水を飲むしかなかった。少しすると、急に空腹が襲ってきた。耐え切れずにひたすら食べた。

彼は実態を伴った高い評価を受けるようになった。食べなくなる前の、過去の記憶が彼の腕を動かし、その結果が評価され始めた。生きる理由とはならなかったが、死ぬ理由もなくなった。

エヴァンゲリオンは2008年に完結する予定だった。 エヴァンゲリオンは彼にとって過去のものだったが、エヴァンゲリオンの物語は彼の人生の物語だった。

彼は常に物語を通して自分の人生と向き合ってきた。フラグタイムも、仮面ライダージオウも、ツインスター・サイクロン・ランナウェイも、彼にとっては自分の人生のミニチュアだった。彼には自らの人生を主観的に受け止める覚悟がなかった。物語に仮託することで人生を認識してきた。物語を拒絶してもなお、彼にとっての人生は誰かの書いた物語だった。

彼はシン・エヴァンゲリオンを恐れていた。碇シンジの物語を受け止める勇気がなかった。それはただの物語ではなく、彼自身の物語でもありえたから。 しかし、いつまでも逃げているわけにもいかなかった。 過去の落とし前をつけなければならなかった。

劇場で、彼は涙を流していることに気づいた。彼にとって、涙は過去のものだった。泣いていた。新しい涙だった。誰かのために流す涙だった。喜びのそばを流れる涙だった。

彼は駅に立っていた。家路につきたかったが、どの電車に乗ればいいのか分からなかった。どの線路が自分の人生なのか分からなかった。

「赤いラベルのホームだよ。すぐに迎えが来る。」

彼にとっては、その一言で十分だった。

「ありがとう。また。」

電車はすぐにやってきた。扉をくぐって、ふと思った。彼はどこに帰るんだろう。月はあまりにも遠かった。