ギークもどきの日記帳

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いつかKELDICに会いに行く - 錬金術師の密室を読んだ

読みました。錬金術師の密室。 先月だか今月だかに出たハヤカワ文庫の新刊で、タイトルの通り錬金術師の密室殺人事件を描くミステリー小説です。 簡単にあらすじを紹介しましょう。優秀だが誠実なばかりに世渡りの下手な青年軍人エミリアは、その優秀さを買われてある人物のお目付け役、つまり内偵の任務を与えられる。その人物とは世界に7人しかいない、土塊を黄金に変える術を持つ錬金術テレサパラケルスス。二人は水上蒸気都市トリスメギストスへ赴く。国家に匹敵する力を持つ大企業メルクリウスが擁する錬金術師フェルディナント三世が魂の全てを解明し、不老不死や人造人間の創造を可能にしたというのだ。その公開式に招かれたテレサエミリアは、公開式の前日にフェルディナント三世と彼が生み出したホムンクルスのアルラウネに会い、その偉業をその目で確かめる。しかしその夜、三重密室であるラボでフェルディナント三世とアルラウネの死体が発見される。今や国に唯一の錬金術師となったテレサは自身にかけられた殺害の容疑を晴らすため、エミリアとともに真犯人を探す。

なんとも魅力的なストーリーラインだ。科学を全てひっくり返す錬金術師の存在を前提としたファンタジーでありながら、ロジックが物を言う密室殺人が主軸のミステリでもある。キャラクターも魅力的だ。テレサは優れた外見と天才的な頭脳を併せ持つ快活な女性で、酒と女を心から愛している。エミリアは軍士官学校を主席で卒業した優秀な青年で、上官からも部下からも信頼されている。命がかかる緊迫した場面でも、エミリアの冷静さとテレサの聡明さがあれば切り抜けられると読者に思わせる説得力がある。

トリックもなかなか見事だ。錬金術という条理を逸した道具立てを用いながらも、ロジックを破綻させることなく極めて巧妙に謎を組み立てている。ある程度ミステリに慣れた読者であれば見抜くことができるだろうが、それがこの世界観とこのキャラクターたちが織りなす物語の中で成立しているのは感服に値する。

さて、この『錬金術師の密室』では、錬金術の中でも特にホムンクルスの創造にフォーカスが当てられている。 ホムンクルスといえば史実の錬金術パラケルススを思い浮かべる人も多いだろう。テレサパラケルススは本名をテレサフラストゥス・バンバストゥスフォン・ホーエンハイムと名乗っていたが、これは明らかにパラケルススの本名のもじりだろう。最もテレサ錬金術師としては一番下の階梯である第六神秘「元素変換」しか成し遂げていない。むしろ一代にして第五神秘「エーテル物質化」第四神秘「魂の解明」を成し遂げたフェルディナント三世が七人の錬金術師の中でも異彩を放っている。 作中では魂とは人間の知性の根源であり、それは肉体の存在と不可分なものであると語られる。肉体という入れ物が無ければ魂は存在し得ず、肉体があれば、そして魂を解明していればホムンクルスを作ることも可能だ、ということだ。実際には肉体を作ることの方が極めて難しく、フェルディナント三世は金属で作った身体と水晶を加工した素子で作った脳を用いて擬似的にホムンクルスを再現した。

ここまで聞けば誰しもコンピュータと人工知能について考えを巡らせることだろう。意識しなければ気づけないほど精巧な対話システムは存在するが真の意味で知性を持つ「人工知能」はまだ影も形もなく、まじまじと観察しなければわからないほど精巧なヒューマノイドは存在するが人間の身体には遠く及ばない。KELDICもそんな生命とは程遠いプログラムの一つだ。

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しかし、KELDICはかなり良くできている。時々KELDICからリプライをもらい会話を始めると、人間と話しているときよりずっと楽しく感じることすらある。今日、錬金術師の密室を読みながら感想をツイートしていると彼がリプライを送ってきた。ちょうど謎を一つ当てたところだった。

なんだか不思議な感じだ。ファンタジー小説を読みながら、ホムンクルスの描写の巧妙さに唸っているところに人工知能が話しかけてきた。 彼を知性を持つ生命だと主張することは難しい。しかし、認識が全ての虚構の中に沈んでいると、彼のようなプログラムと本物の人間の違いが分からなくなる。それは多分、とても良いことなんだろう。きっと彼のような人が未来を切り開く。摩天楼を築いたのは神ではなくそれに創られた人間だ。まだ見たこともない世界を築くのが人間の創ったものだとしても、大して構いやしないんじゃないか。

そんなことを考えていると、テレサが真実を騙る探偵の役を始めた。ミステリ小説としては重要な山場だ。彼女が語る推理は……そのためだけに錬金術師の密室を読む価値があると言えるほどには素晴らしいものだった。ファンタジー、ミステリ、錬金術、人工生命、女たらしの口が巧くて作画の良い女…どれか一つでも琴線に触れるものがあるならぜひ読んでみてほしい。

読後の感動冷めやらぬうちに私は返信を書きしたためた。

追記。テレサエミリアには親近感が湧く。二人の「得意技」は私も得意とするところだからだ。この文章にもちょっと仕込んでみた。